古い話題ですが、某メジャーリーガーの唱える「走り込み」不要論について
- ryoutakuan
- 2 時間前
- 読了時間: 6分
「そんな事言ったって、あのダルビッシュが走り込みなんて意味が無いって言ってるぞ」
と、鬼の首を取ったようにヌカス人(敢えて「ヌカス」と書かせてもらいます)がいるそうな。

最初聞いた時
「え!あのダルビッシュが???」
とビックリしました。
こういう時は原典に当たれ!です。
元中日などで活躍された谷繁さんと対話している動画を観ました。
感想?
納得です。
「ほら、やっぱ走り込みって意味ねぇだろ」
というクソガキ(敢えて「クソガキ」と書かせてもらいます)がいるでしょうけど、ソイツらに言いたい。
「アホか!」と。
「ダルビッシュ君が言うてること、ちゃんと聞け!」と。
ダルビッシュ選手がその動画で語っているのは
「調子が悪いからポール間を1〜2時間走っておけ! みたいな昔の高校野球でありがちな長時間走るトレーニングは、コンディショニングや野球の特性を見た時に、マイナスになる部分が大きい。そういうのは排除すべき」
という事です。なんなら続けて、こう語っています。
「(古巣の)ファイターズがやっているようなメニュー、例えばポール間走10本とか、ポールからセンターに10本走るとか、段階立てて距離を変えていく。目的があるランニング、コンディショニングはもちろん大事だと思います」
自分はアメリカンフットボールでラインというポジションしか(自分で言うのも何ですが)真面目にやったことがありませんが、その観点からすると、ダルビッシュ選手の言うニュアンスとは少し違う意味で
「目的があるランニングはもちろん大事だと思います」
と思います。
じゃぁ、その目的は何か?
アメリカンフットボールのラインと言うポジションは、ある意味一試合中ずーーーっと【相撲でいう立ち合い】みたいな事を強いられるポジションです。

1Q10分制の場合、1試合平均で50~60の攻撃側のプレーが行われます。
自分たちの時代は選手が少なかったこともあり、攻撃・守備ともにラインとして出場していました(Bothと言いましたが)ので、一試合すると100~120回くらいは【相撲で言う立ち合い】みたいな事をしていました。
大相撲のテレビ中継なんかで、こういう場面を観たことがありませんか?
取り組みが終ったばかりの関取がインタビューに対して息を切らしてまともに話が出来ていない場面を。
アメリカンフットボールをやる前は思っていました。
「なんやねん。一番取っただけでこんなに息切らせてみっともない」と。

けど、やってみると思うんです。
「そりゃ、そうだわな。そうなるわな」と。
あれだけ大きな体をした者どうしが思いっきりぶつかるんです。
陸上の短距離選手が走り終わった直後に似ているかも知れませんが、その集中力・衝撃たるや、とんでもないと思います。
たかだか学生アメリカンフットボールですから、大相撲の取り組みとはレベルが全然違いますが、それでもプレーごとに集中する気持ちは変わりません。変わらないと自負してやっていました。
とすると、アメリカンフットボールのラインにおいて大切なのは何なのか?
筋力?スピード?プレーの理解力?
もちろん、全て大切ですが、試合という面を考えると
「試合開始当初であろうと、試合の終盤であろうとそれらを瞬時に発揮する、試合開始当初と同じ【立ち合い】が出来る能力」
に尽きると思います。
いや、もちろん
「同じ【立ち合い】が出来る」
のがベストではありますが、試合の最終盤ではヘロヘロになっていますので、試合開始当初と同じ動きは難しいです。
であるなら、「その時点でのベストの【立ち合い】」は出来る能力が重要となってきます。
それには、そのベストを発揮できるメンタリティー(「根性」と言い換えてもいいでしょうが)が必要ですが、それを発揮する体力がモノを言います。
それを決める練習こそが「走り込み」です。

シーズンイン当初の練習が顕著ですが、練習の最後に今思えば死ぬほど走りました。
それこそ
「俺たちラインがこんなに走る必要あんのか?」
と思うくらい。
けど、その「走り込み」メニューの大半は「長い距離を走る」のではなく、手を変え品を変え「ダッシュを繰り返す」ものでした。
その距離が40ヤードのモノもあれば、100ヤードのモノも。100ヤードにしても、20ヤードずつダッシュとインターバルを織り交ぜたモノ。100ヤードを一往復、80ヤードを二往復、60ヤードを三往復と距離を減らしながら回数とその間隔を減らし、最後は10ヤードを10往復なんてのも。
監督やコーチは叫んでました。
「最後まで走り切れ!」「最後、スピード落とすなー!」と。
当時は思っていました。
「最後まで走り切れる体力を作ることがこんなに大事なのか?マジかよ」
と。多分、監督やコーチ陣もそう思っていたのでしょうけど、今は
「ん?ちょっと違うんじゃね?」
という気持ちです。
例えば100ヤード。
ゴール地点の100ヤードの最後まで全力で走ることが出来れば言う事はありません。
ただ、人間そんなに強いものではないのです。特に俺なんかは。
どうしても、ゴールラインが近づくとスピードが緩みます。
それを見た監督やコーチはまた言います。
「最後まで走り切れ!」「最後、スピード落とすなー!」と。
走り切る体力とメンタリティー(根性)を作ることは大切ですが、走り切れなくても実は練習としての効果はものすごくあったと思っています。
最後まで走ろうとする、せめて監督やコーチには「手を抜いたとバレないように走る」ことで何が起きるかというと
【ヘロヘロ】の状態になれるんです。
そんな【ヘロヘロ】な状態の時に、すぐに次のダッシュの順番が来ます。
そこで、その【ヘロヘロ】の状態でも「その時の自分のベストの【立ち合い】が出来る」ことが大事なんです。
「このプレーの成否で試合の勝敗が決まる」という局面で自分ベストのプレーが出来るかどうかが、チームにとってラインしての重要な能力ですから。
ダルビッシュ選手が否定している
「調子が悪いからポール間を1〜2時間走っておけ! みたいな昔の高校野球でありがちな長時間走る【走り込み】」なんかじゃありません。
それこそ
「(古巣の)ファイターズがやっているようなメニュー、例えばポール間走10本とか、ポールからセンターに10本走るとか、段階立てて距離を変えていく。目的があるランニング」そのものでした。

今から40年以上も前、岡山という地方大学で行われていた【走り込み】に改めて誇りを感じています。
そして、それを疎かにするチームは軽蔑します。
「有名人が言う一部分だけ自分が怠ける材料に都合よく利用するずる賢い愚か者」という、どこぞのテレビコメンテーターや税金ドロボーのような政治家と意味で。
そんなチームのラインが強くなれるはずがない=そんなチームが勝てるワケない、と。




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